幻想郷は今日もなんとか平和ですみました。
不思議な翼の生えた幼子は、久しぶりの弾幕ごっこに遊び疲れていたのですが、
未だ興奮冷めやらず、なかなか寝付けないでいました。

「ねぇ、何かおはなしを聞かせてよ。」
彼女の寝支度を手伝い終え、住処である図書室に戻ろうとした少女を幼子は呼び止めました。
少女はすこしの間考え込みました。
彼女がそんな珍しい事を言い出したのに驚いたのもありましたが、
なにより495年も生きている彼女が知らない童話など、
星の数程も本のある少女の図書室にも、
そう簡単には見つからないように思えたからです。

少女は幼子の枕元にそっと腰掛けました。
「…これはずっと昔の、でもそんなに遠くない昔の、おはなし」
少女は本も開かずに目をつむると、眠たげながら、静かにとおる声で語り始めました。
それはこんなおはなしでした。



ある館に一人の女の子が居ました。
彼女は彼女を世話する沢山のものに囲まれてはいましたが、
誰もがその女の子を畏れ、友達もなく、外にも出ず、
たった一人の肉親ともほとんど会えずに、
暗い広い館の中でひとりぼっちで暮らしていました。

ある時女の子は館の図書室で、ぼろぼろの本を見つけます。
題名も読めず、ページもばらばらになった紫色の小さな本。
そこにはとあるひとりの少女のおはなしが記されていました。


その少女は、本が大好きでした。
彼女はいつも部屋に籠もって本を読んでいました。
その部屋には星の数程も本があって、
難しい魔法の本からお菓子の作り方まで、どんな種類の本だってありました。
彼女はそれらの本を、どれを選ぶとも無しに片端から、
何もかも忘れて読み耽るのでした。

彼女はいつも部屋に籠もって本を読んでいました。
その部屋には扉も窓もありませんでした。
それどころか壁も天井も。
ただ延々と続く本棚だけが彼女の知る世界の全てでした。
だからそこには昼も夜もなく、それ故に時間もなく、
少女以外の全てがまるで止まっているかのようでした。
でも少女はそれを苦とは思いませんでした。
だってそれ以外の世界なんて彼女は知りもしなかったのですから。

しかし少女はある日―――もちろん日なんて区切りすらもありはしなかったのですが、
ひとつの童話を見つけます。
それはひとつの、なんていうには随分とありふれたおはなし。
囚われの姫を騎士が救う、何処にでもあるそんなおはなし。

そんなおはなしを読むうちに、少女の心にひとつの想いが生まれます。
ここは、どこかの悪い竜の作った魔法の檻かなにかで。
いつか私をここから救い出してくれる人が、来るんじゃないかしら。
きっと外の世界はこんな埃っぽくもない素晴らしいところでしょう。

それは随分と幼い考え方でしたが、実際少女は幼いようでしたし、
何かを教えてくれる人もいなかったのですからしょうがない事でしょう。
・・・それどころか、彼女が本当のところどれだけの時間生きていたのか、
いや、生きていたのかすら解らないんですから。

何にせよ、それ以降少女は「待つ」ということをはじめました。
といっても、救ってくれる人はどんな人だろう、とか
時々とりとめもない空想をする事の他は、いつも通り本を読むだけでしたが。
だって彼女にとっては、憶えた文の数、積み上げた本の数、読み終えた棚の数だけが、
時間が経ったことを示してくれる唯一の証でしたから。


・・・ここまでで本は途切れていました。
続きの断片はきっと時間が経つうちに、
この図書室にばらばらになって散らばってしまったのでしょう。
女の子は少女がどうなったのかとても気になりました。
女の子は本に問いかけました。
「待っていれば、誰か助けに来てくれる?」
本が何かを答えた気がしました。
でもその言葉はぼんやりとして聞き取れませんでした。

それからは、図書室でその本の断片を探すのが
女の子の密やかな遊びになりました。
図書室には星の数程も本がありましたが、
女の子にはそれにも負けないくらい、たくさんの時間がありました。

女の子は断片を見つけると、
夜になるまで待ってから誰もいない館の屋上に上がり、
そこで本につないで読むのでした。
屋上は月明かりがとても心地よいのもありましたけど、
他の者に本のことを知られないためでもありました。
もし知られて断片探しを手伝われでもしたら、
せっかくの楽しみが奪われてしまいますし。
そう、彼女は随分と久しぶりに、楽しんでいるのでした。
この本に、心を動かされているのでした。
それに何より女の子にはこのおはなしが
自分だけのためのもののように思えていたので、
決して他人に見せたくは無かったのでした。


揃いはじめた断片の中では、少女のほんの少し彩りの加わった生活が
面白おかしく語られていました。
まだ見ぬ騎士様のために立派なお姫様になろうと、
お料理や裁縫、魔法まで憶えてみたり、
着たきりの薄紫の寝間着の他に服がないのはしょうがないとして、
長く伸びた髪ぐらい纏めておこうと、
ようやく見つけたのが呪文付きのリボンだったり、
おめかししようにもおしろいすらないので埃を塗ってみたら、
あんまり可笑しな顔なのでひとりで笑ってしまったりとか。

本の中の少女は、ただ本を読むだけだった時に比べて、
ずいぶんと生き生きしているように見えました。
そんな少女の様子を読んで、女の子もなんだか嬉しくなるのでした。


新しい断片を読み終えるたび、
女の子は本に問いかけました。
本が元に戻るにつれて、
答えもはっきりと聞こえる気がしました。

「待っているのは幸せなこと?」
「そこに望みがあるのなら。」

「本ばっかり読んでて、退屈じゃないの?」
「私は本が好きだから。」

女の子にとってそれはもう只の本では無く、
友達のように思えてちてもとても大事にしました。


そして女の子はとうとう最後の断片を見つけます。
期待と待ち遠しさを胸に、女の子は夕食もそこそこに、
屋上への階段を飛ぶように駆け上がります。
折りも折り、今宵は満月。
人にとってもそうでないものにとっても、
落ち着きの無くなる夜ですからね。

勢いよく屋上への扉を開けると、
紅い光が女の子を包み込むように溢れます。
空には大きな紅のおつきさま。
大地も空気もその光が照らし出し、
全てが薄く紅みがかっているかのようです。

そんな人によっては禍々しく思うであろう深紅の月も、
女の子にとっては祝福してくれているかのよう。
まるで女の子の気持ちに答えてくれているかのよう。

女の子は屋根の一番高いところに腰掛けると、
断片を、本にはさみます。
つながって、とうとうばらばらだった本は
ぼろぼろではあるものの元通りの一冊の本、
ひとつのおはなしに戻ったのでした。
女の子には本に何か輝きが戻ったように思えました。
そして女の子は最後の断片を読み始めます。


・・・少女は待ちました。ずっと待ちました。
憶えた文の数は彼女自身が一つの図書館であるかのようにまでなり、
積まれた本はその根本と先端を同時に見ることはできず、
読み終えた棚の数はもう誰にも数え切れない程になりました。

少女は誰にも救われませんでした。
少女の世界は何一つ変わりませんでした。

もしかしたら本当はその部屋には窓も扉もあって―
少女にはそこから出る力だってあったのかもしれません―
しかし少女はただただ待ち続けて。

ついには何を待っているかさえも忘れてしまいました。

それでも長い間、長い間、待って。
しかしとうとう待ちくたびれた少女はいつか、
自分の記憶を、想いを、おはなしとして口ずさみはじめました。
誰にも聞こえない、誰にも届かない声で。
紡ぎ出された言葉は宙で編まれ、柔らかくて悲しい色の紙となり、
少女がそのおはなしを終えるころには一冊の紫色の本になっていました。
そして、そこにはもう少女の影も形もありませんでした。
少女はこう、お話を結びました。

「そして少女は大好きだった本になりました。
誰も訪れない部屋で、
誰にも知られず、
誰にも読まれることなく、
ひとり、幸せに暮らしました。」


空は幾分その暗さを増したようでした。
月に薄く暈がかかって、しっとりと濡れているかのように光っていました。
女の子は暫くの間、身動き一つせずに黙っていました。
鋭く尖った牙が唇に刺さり、うっすらと血を滲ませています。
女の子は叫びました。
存在しなかった少女にむけて、決して届くはずの無い声で。

・・・この本は、只のおはなし。
こんな少女なんて、最初からどこにもいなかったんです。
もしかしたら真実だったかもしれないとしても、
本当のことはもう誰にも解りません。
そもそも、本当なんて事自体に意味がありません。
だってこれは只のおはなしなんですから。

・・・でも。

空には紅く深く沈む月。
静かに高く遠く佇む時。
まるで世界が一つの絵本になってしまったような時。

そんな夜には不思議が起こります。
誰も信じないような、童話にだけ語り継がれるような、そんなことが。

一陣の突風が吹きました。
本が巻き上げられ、ページがばらばらになり、
女の子のまわりをばさばさと吹き回ります。
しかしそれに怯えることなく、女の子はただ空の一点を見つめ続けています。
やがてページはさらに砕けると光の粒になり、
空に残光を曳きながら女の子の見つめる一点に集いはじめました。

光は次第にひとつの形を取りはじめます。
女の子には見覚えのある、
他の誰にも見覚えのない姿。
女の子が想像していた、薄紫の寝間着を着た少女。
本の中の、あの少女の形を。

女の子は少女に問いかけます。
少女はまるで抑揚の無い声で答えます。
自動人形が本を朗読するかのようにのように。
「あなたは幸せ?」
「わたしは幸せ。おはなしにあるとおり」
「おはなしは本当なの?」
「わたしにとっては本当。だってわたしはおはなしだから。」
「わたしは、嫌。」
「それはあなたのおはなし?」
「わたしとあなたのおはなし。」

少女の声に次第に揺らぎが現れます。
まるで心を取り戻すように。
遠い昔に忘れたものを思い出すように。

「わたしのおはなしはもう終わってしまったわ。」
「おはなしなら、かきかえてしまえばいい。」
「これはもう終わったおはなし。
 終わったおはなしは、誰にもかえられない。」
「あなたのおはなしは終わってないわ。
 だってあの本は無くなってしまったのだから。」
「じゃあなんでわたしはここにいるの?」
「あなたはわたしのなかのおはなしになったから。」
「そんなこと、できるの?」
「こんなに月も紅いから」

少女の光が薄れはじめ、
代わりにおぼろげだった形が、
次第にしっかりとした姿を取りはじめます。
リボンを結わえた髪、寝間着に重さや影が宿ります。
彼女が間違いなくそこにあることを示すかのように。

「わたしがずっと待っていたのはあなた?」
「わたしもずっと待ってたの。かべひとつないおりのなか」
「わたしたちは救われないの?」
「きっとだれも救われないけれど。
 きっとだれにも救えないけれど。」
「ひとりじゃなければ。」
「だからいっしょにいきましょう。
 わたしのおはなしの終わるまで。」

時間が止まったかのように見つめ合うふたり。
静まりかえった空に、ただ月の光だけが降り注ぎます。
やがて少女が微笑みました。目には涙が浮かんで、夜空の下に星のように輝いています。
少女はその足で屋根に降り立ち、女の子のことを抱き締めます。
女の子も少女のことを抱き締めます。
二人は初めて、心から触れ合える相手を得たのでした。
温もり伝わらぬ本ではなく。想い伝わらぬものではなく。
その日は夜が明けるまで、屋根の上で二人きりで過ごしました。
その二人を、紅い月がいつまでも見守っていました。

それからというもの、少女と女の子はいつも一緒にいるのでした。
退屈だった館での暮らしも、二人になってからはそれだけで随分と幸せなものになりました。
女の子も少女もそれまで触れていなかった多くのものに触れるようになり、
色々と珍しい人間とも知り合いになりました。



そして、
そう続けようとした少女の耳に、幼子の安らかな寝息が聞こえてきました。
少女は微笑み、幼子の布団を優しく掛け直すと、
灯りを消して静かに立ち上がりました。
部屋を出て扉を閉じる間際、幼子の方を振り返って
少女はそっと独り言のように呟くのでした。

「そして少女はみんなと、いつまでも幸せに暮らしました。」






童話調大好き。
物語内物語内物語という即滅もののダメっぷりな構造。


























Ah, i see. Well that\'s not too trkicy at all!\" Yumi(2012/09/17,14:20)

こめんと
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